車で行く四国遍路

11日目(4/12水曜)




ホテルからの眺め

雨が降っていない。
何日ぶりだろうか...

7:40ビジネスホテル サンシャイン高松を出発。今日で88寺全ての参拝が終わることになるだろう。

84番南面山 千光院 屋島寺やしまじ 真言宗御室派(十一面千手観世音菩薩)
香川県高松市屋島東町1808
到着時刻: 8:05
走行距離: 1,788km
出発時刻: 8:45

屋島の山頂にある。島といっても今は陸続きになっていて島という感じはない。坂を上っていく途中に所々満開の花を咲かせた桜の木があって、何か特別美しく見えた。

気温は11℃とあって、外に出てみると肌寒い。人も見当たらず、余計に寒く感じさせられる。

山門
本堂、大師堂

ここは源平合戦の「屋島の戦い」の舞台。坂の途中に戦いの場を望む展望台を見つけ、寄ってみた。

この屋島と牟礼町の間を流れる相引川の辺りで「源義経の弓流し」や「那須与一の扇の的」を射貫いたといわれる場所などが図で説明してあった。

屋島の戦いの舞台(屋島ドライブウエイから)

屋島の戦い(源平合戦)

平安時代の末期になる1180年、朝廷と平家の勢力争いに端を発し、平家と源氏が天下を二分して6年にわたり全国各地で戦った結果、平家一族の滅亡で幕を閉じた。この6年間の戦いを治承じしょう寿永じゅえいの乱(源平合戦)という。

💡   源平合戦の全体については「中国地方・山口県」のページに書きましたので、そちらをご覧ください。

戦いの終盤に近づく1185年2月。源義経の猛攻にあった平家軍は本拠地屋島に逃げ延びていた。

2月16日夜、義経は精鋭150騎を引き連れて5艘の船に乗り、嵐のなか摂津国渡辺を出発。翌午前4時ごろに阿波国勝浦に上陸する。そこで情報を収集し、戦いの準備を整え、18日朝、讃岐引田を発って夜通し進軍し、19日、屋島に到達する。

屋島は背後に険しい山を置く自然の要塞と言われる地形、平家は海からの攻撃に備えていた。義経はその裏をかくように背後から迫り、潮が引くのを待って島に渡り、民家に火を放ち一気に攻めたてた。

これに驚いた平家は慌てて船に乗り沖に逃げだした。しかし落ち着いて見ると源氏の兵がさほどのものでないことに気が付き、船を岸に近づけ、源氏に向けて矢を放ち攻撃を始める。

距離を取りながら双方矢を放ち合う、そんな戦いが次の日も続いてやがて日が暮れようとする頃、一艘の小舟が岸に近づいてきて、竿を立てその先に扇を括り付け若い女官がこの扇を射てみよと手招きする。趣旨を理解した義経が家来に命じ、選ばれた那須与一が見事射落とす。「扇の的」で知られる有名な話である。これには双方とも喝采をあげ、興に乗じて舞を舞いだす平家の武士も現れた。だが、義経は家来に命じて弓を射って殺してしまう。これには味方からも「情けの無いことを ...」と声が出た。

そうして小競り合いがまた始まる。そのさ中、義経は抱えていた弓を川に落とし流してしまい、家来の止めるのも聞かず「このような弱々しい弓を持っていたのかと馬鹿にされる訳にはいかない」とその弓を拾い上げようとする。これも「弓流し」とよばれる有名な話である。

平家はこの後、志度の戦いを経て下関で滅亡する。

85番五剣山 観自在院 八栗寺やくりじ真言宗大覚寺派(聖観世音菩薩)
香川県高松市牟礼町牟礼3416
到着時刻: 9:06
走行距離: 1,795km
出発時刻: 10:05
八栗ケーブル(四国ケーブル
傾斜長684m
高低差167m
所要時間約4分
山門
本堂、大師堂
境内
86番補陀洛山 志度寺しどじ真言宗(十一面観世音菩薩)
香川県さぬき市志度1102
到着時刻: 10:25
走行距離: 1,803km
出発時刻: 10:55
山門
本堂、大師堂
閻魔堂、五重塔

右の五重の塔は四国八十八ヶ寺に四つある内の一つ。1975年に建てられた新しいもので、高さ33m、胎蔵大日如来坐像が祀られている。

平賀源内旧宅
平賀源内像(旧宅)、裏の薬草園
旧宅内
87番補陀洛山 観音院 長尾寺ながおじ天台宗(聖観世音菩薩)
香川県さぬき市長尾西653
到着時刻: 12:13
走行距離: 1,813km
出発時刻: 12:35
山門
本堂、大師堂
88番医王山 遍照光院 大窪寺おおくぼじ真言宗(薬師如来)
香川県さぬき市多和兼割96
到着時刻: 13:20
走行距離: 1,830km
出発時刻: 14:00

第八十八番札所、最後の結願所である。

山門
境内
本堂、大師堂

最後の参拝と思って臨んだところだが、隣に立った参拝者が勢いよく唱えだし、それに気を取られて経に身が入らなくなり興ざめであった。そういうものにも影響されずに唱えられればよかったのだが、修業が足りない!

仁王門、結願の記念に

八十八ヶ寺すべての参拝を無事終え、なにか悟りみたいなものが得られるかと期待もあったが思い出しても特に何も浮かんでこない。車のお手軽遍路では仕方ないのか。でも、ほんの少し仏教について考えてみたし、普段常識と捉えていたものが実は仏教の教えであったり、また、いくつか新しい教え・考え方も得られたのはよかった。

▼▼▼

さて、これから高野山へ行って最後のお参りをして帰宅するつもりであるが、実は、それ以外何も考えてなかった。

21:05温泉 虹の湯

外の露天風呂には、大湯の脇に玉子を半分に割ったような形をした1人用の浴槽が数個並んでいた。横になり、両手両足を投げ出して首まで浸かって夜空の星を眺めていると気持ちが良くなり、そのうちに暫く寝てしまった。

[大阪狭山市東野西]

本日の宿泊
ファミリーマート 橋本御幸辻店 (和歌山県橋本市御幸辻)
チェックイン料金走行距離
2,060km

12日目(4/13木曜)

高野山 金剛峯寺こんごうぶじ 奥の院高野山真言宗
和歌山県伊都郡高野町高野山550
到着時刻: 9:00
走行距離: 2,092km
出発時刻: 10:50
南大門

この先がいわゆる高野山の領域となって、仏閣や商店が並ぶ。もちろん車も通行でき、駐車場もあちこちにある。

この時間帯はまだ観光客が少なかったが、意外だったのはその7割~8割が外国人、それも西洋から来た観光客のようだ。彼らは一人か二人連れで、境内を興味深そうに眺めながら静かに境内を歩いていた。

奥の院に続く道

さて、いよいよ奥の院へ続く道に入る。途端に空気がシンと静まり、いよいよお大師様にお会いする時が近づいてきたと気が引き締まる。
周りにはおびただしい数の供養塔・五輪塔が置かれており、歴史上の人物の名札もたくさん見られる。五輪塔は、下から地・水・火・風・空が梵字で書かれた五つの変わった形の石が積まれたもので、あらゆる世界を表すという。

お大師様に何を伝えようかと考えながら歩いていたら...「おはようございます」と、突然横から女性の声がした。見れば二十歳代の西洋女性が一人立っていた。ただ「おはようございます」と返して歩いてきてしまったが、少しして話し相手をしてやらず気の毒なことをしてしまったと反省。

奥の院

御廟橋ごびょうばしから眺めた奥の院。これより先は撮影禁止!

霊廟を前に

お賽銭をあげ、ローソク、お線香を立てて邪魔にならないように隅に寄る。思えば1年前にちょうどこの場所に立ったとき、一心に読経する白衣姿の娘さんの姿を見て感動し、いつか私も同じように四国の霊場を巡り、ここに立ってその報告をしてみたいと思った。今、その思いが現実になった。

旅のまとめ

今まで無かったほど雨に降られた。もっと先の天気予報を見て計画を立てないといけない。観光?で雨に降られると興味が一気に薄れる。

家に帰り、振り返ってみると、近くに寄ってみるべき所がいくつもあったことに気が付く。つい先に進むことに意識がいって、折角のチャンスを幾つも逃した。勿体ない。


費用ほか
遍路用品14,550円
納経料26,700円
駐車料金3,800円
有料道路5,530円
ケーブル・ロープウェイ5,460円
飲食費41,803円
宿泊・入浴代51,330円
ガソリン代31,385円
その他(日用品、みやげ)5,442円
186,000円
走行距離(名古屋~四国一周)2,322km

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