帯広~釧路ルート
車の中なのでぐっすり眠るということにはならない。何度か目が覚めたが、明るくなり始めたら手早く身支度を済ませた。雨はまだしとしと降っている。
下調べでは、帯広の街中にこれといったメモはない。ましてやこの時間ではなお更だから、さっさと次の目的地へ進むことにした。
駅の近くのコイン駐車場に車を停め、歩いて帯広駅を見に行った。駅ビルは巨大で新しく、構内も綺麗に整っている。まだ時間が早いので人はまばらだ。それだけ見て、駅を去った。
次の目的地は北の方にあるタウシュベツ川橋梁。なだらかな坂を上りながら街並みを眺めていると、どことなく町に活気が感じられた。
次第に民家が少なくなり、かわって北海道らしい広大な農地が道の両側に広がってくる。
単調な運転を続けていたら眠気が湧いてきた。休憩しようと思いながら走っていると、都合よく道の駅が見えてきたので、その駐車場に車を入れ、しばらく仮眠をとった。
1時間ほどで目が覚めた。固まった体をほぐしがてら、ぶらぶらと店内を覗きにいった。一通り見て回って、出発。
[414km:士幌町字士幌西2線134番地]
10分程でまた道の駅が見えてきた。できたばかりのモダンでしゃれたデザインの建物。今度はお腹と相談して入ってみることにした。
室内も外観で受けた印象と違わず、広々した室内に色々な商品の販売コーナーが考えて配置されている。食事コーナーは別の建物だが室内でつながっている。広いがどちらかというと細長く、一方にガラスの窓が奥まで続いてる。そこに一枚ものの長いテーブルが付いていて、客は庭の方を見ながら食事をすることになる。
1,000円のモーニングセットもおしゃれで、卵・チーズ・ミートソースを小皿に入れて焼いたグラタン,焼いたパン,ソーセージ,サラダ,フライドポテトがプレートに盛って出される。飲み物はコーヒー,ミルク,ジュースがセルフだ。
[425km:河東郡上士幌町字上士幌東3線]
目的地まであと数キロのところで「ひがし大雪自然館」「鉄道資料館」の看板を見つけ、寄ってみた。
メインルームにはクマや狼、鳥などのはく製と大雪山周辺の環境を説明したパネルが展示されている。他の部屋に昆虫標本がたくさん陳列されていたが、展示の仕方が工夫してあっておもしろい。
鉄道資料館は数百メートル離れた所にあるが、行かなかった。
[448km:河東郡上士幌町ぬかびら源泉郷]
| 4 | タウシュベツ川橋梁 | ||
|---|---|---|---|
| 河東郡上士幌町ぬかびら源泉郷(タウシュベツ展望台) | 11:00着 | 456km | |
自然の中にひっそり佇む神秘的な写真が有名だ。
この橋は1925年に営業を開始した帯広からその北にある上士幌町三股を結ぶ士幌線の途中、平行して流れる音更川の支流タウシュベツ川に架かるコンクリート製のアーチ橋である。糠平にダムが計画され橋が水没することになったため、1955年、新たに横に線路が敷かれ、橋だけが取り残された。その士幌線も1987年に廃止されている。
糠平湖は季節によって水位が変化し、それによって橋は9月から12月にかけて完全に水没。1月頃から姿を見せ始め、4月~5月頃には橋全体を見ることができる。既に65年以上、水没と凍結、乾燥を繰り返してきて風化がかなり進み、崩壊も近いと言われる。
北海道の地名は聞きなれないものが多い。それは、もともと北海道(蝦夷地)に住んでいたアイヌの人たちが使っていた地名をほぼそのまま使っているからだ。
1800年に伊能忠敬らによって蝦夷地の測量が始まり、できた地図にアイヌが使っていた地名を書き入れていった。後に、松浦武四郎も幕府の命により、アイヌ語地名をもとに国名・郡名を選定し、整備した。
アイヌ語地名はたいていその土地の地形を表す言葉であり、例えば、札幌は中央を流れる豊平川が乾季に水が減って細ることから「サッ・ポロ・ペッ ( 乾く・大きい・川)」と呼び、小樽は星置川の下流域を「オタ・ル・ナイ(砂の中を流れる川)」と呼んだ。
当初カタカナ表記だったものに明治中期になって漢字が充てられた。その作業がお役所仕事と言おうか、アイヌ語のもつ意味も考えずに単純に同じ音の漢字を当てはめて、しかも、相互に関連のない字が使われたものだから、漢字文化の我々からはどうしても解釈不能な不思議な地名に思えてしまう。
せっかくなので、(後になるが)この旅行で訪れたところの地名の由来を調べて書き添えてみようと思う。
| 5 | 釧路 | ||
|---|---|---|---|
| 釧路市内 | 16:10着 | 630km | |
本日の走行距離は260Km。苫小牧から600kmになる。
計画上では、最短ルートでここまで455kmを120km/1日ペースで走ることになっているから、実際と比較すると、
| 走行ペース | 距離(苫小牧~釧路) | 日数 | |
|---|---|---|---|
| 計画 | 120km/日 | 455km | 3.8日 |
| 実際 | 400km/日 | 600km | 1.5日 |
3.8日分を1.5日で走ってしまった。途中、止まって遊ぶような所が少なかったのもあるが、明らかに走りすぎだ。
美川憲一の「釧路の夜」に “好きだった男の帰りを待ち侘びて釧路川に架かる橋のたもとに今日も佇む” と歌われた趣のある橋である。
夕暮れ時が美しいと評判だが、今日の天気では、それは期待できない。
橋の南詰近くのコンビニに止めていた車に戻り、走り出したらすぐお蕎麦屋さんが目に入った。思えば船に乗ってからしばらく落ち着いた食事をしていなくて、空腹なはずなのに食欲がなかった。胃袋の調子を落ち着かせるには丁度良いと思い、まだ時間は早いがここで蕎麦を食べることにした。おいしかった。
電話で予約した。若そうなお兄さんが電話に出て、宿泊はOKだが、女将さんが外出中だから6時過ぎに来てくれという。時間を調整してついた所は、旅館というより店舗か事務所に近い雰囲気の造りだった。
お兄さんは話好きのようで、ひと通り説明したあとで、旅行ですか?今日はどちらから?食事は?などと尋ね、まだこちらが何か話をするんじゃないかと待っているような顔をしている。
聞いた話だが、以前は、釧路は漁業、炭鉱、製紙業などが盛んでたいへん賑やかな町だったそうだ。それが今、炭鉱は閉山、製紙会社は撤退、そのうえ漁業まで不振となり、すっかり昔の勢いを失って人口が減り続けているそうだ。帯広とは何か対抗意識があって、以前は勝っていたが、今、帯広が農業と酪農で業績を伸ばす中すっかり立場が逆転してしまった。
昔ほど賑やかではないが繁華街があるので行ってみては、と誘われたが、雨が降ってきたし、タクシーで行くのも面倒なのでやめた。
| しだ旅館 (釧路市新栄町) | ||
|---|---|---|
| チェックイン | 料金 | 走行距離 |
| 18:00 | 4,500円 | 638km |