2022年 北海道の旅

7月18日(月曜日・6日目)根室~

根室~斜里町ウトロ ルート

ようやく雨が上がり、快晴ではないが久しぶりに開放的な気分になれた。8時過ぎに民宿ときわを出た。

根室は北海道の、日本の最東端の都市というイメージを持って来たが、夕べ、釧路に着いて雨の降る中を少し走り回ったところでは、それほど大きな町ではなく、また坂の多い所で、真直ぐな道が少ない印象だった。

根室駅  8:30

駅前の駐車場で車のドアを開けたとき、まるで耳元にいるようなウミネコの大きな鳴き声に驚いた。いつも映像では海とセットで見ていたから、こんな海の見えないところ(海岸から500m?)に何羽も飛んでいるのが不思議に思えた。普段からこうなんだろう、辺り一面に鳥のフンが落ちている。

駅舎はとても質素だ。滝川駅を起点に帯広、根室を経由して延びるJR根室本線の終着駅である。釧路駅~根室駅間は花咲線とも呼ばれる。駅の近くに数件、魚屋さんがあって、お産用にか?花咲ガニのノボリが並んでいる。

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納沙布岬に向かう道中、しばらく濃い霧の中を走らされた。

7納沙布岬のさっぷ
根室市l納沙布8:55着805km

「ノサップ岬」と書かれることも多い。ちなみに「ノシャップ岬(野寒布岬)」というのもあるが、こちらは北海道の最北端・稚内にある地名で、紛らわしい。

納沙布岬は、北海道の最も東、離島を除けば日本の本土最東端にある。海岸近くの展望台に行けば沖にかすかに島々が見える。終戦間際のどさくさにソビエトに奪われた歯舞諸島の島々だ。

『北方領土を返せ!』

あちこちに大きな看板やノボリが立てられている。そればかりではない。資料館には戦前の様子や返還に向けてどういう活動を続けているか説明する資料が展示されている。
私たちは不当占拠のことを知識として知ってはいるが、普段の暮らしの中ですっかり忘れ、他人事のように無関心になっている。こういう光景を見ると、改めて我々全体の問題であり、解決するまで忘れてならないし、また後世にもしっかり伝えて行かなければならないと感じた。

土産物店などを見て回り、1時間ほどでそこを去った。

8春国岱しゅんこくたい
根室市春国岱10:40着840km

手前にある春国岱原生野鳥公園ネイチャーセンターに寄った後、小さな太鼓橋を乗り越えて春国岱駐車場に到着。

春国岱は、昔、入江のような海であったところにオホーツク海の潮流によって運ばれた砂が堆積してできた砂州と砂州によって海と区切られた汽水湖(風蓮湖ふうれんこ)の辺りをいう。

この砂州は、一部だが、打ち寄せる波のように陸に平行な3~4本の筋になっている。一番陸側の砂州は約3000年前に最初に形成され、標高も3m足らずだが最も高く、巨木が群生している。それから2000年ほどの間に二つ目、三つ目の砂州が形成され、それぞれアカエゾマツ、ハマナスが群生している。

海に囲まれ夏でも気温が上がらない湿地には独特の景観が作り出され、ラムサール条約にも登録されている。

由来: 春国岱
アイヌ語の「スンク(エゾマツ)・ニタイ(林)」がもとといわれる。対岸から砂州を眺めていると水面に浮かぶ松林が見えるとか...

12:15道の駅おだいとう(野付郡 別海べつかい町)
昼食にかき揚げうどんを食べ、一休みした。遥か沖にうっすらと線が見える。あれは国後島か?と聞いてみたら、これから行く野付半島とのこと。

9野付のつけ半島
野付郡別海町野付(ネイチャーセンター)13:15着923km

地図を見ると、国後くなしり島が標津しべつ町に最も接近している辺りから沖に向かってのび、ワラビがやや開きかけたような形をしている。半島の根元にある標津川の流れにのって運ばれてきた砂が、海の速くなった潮流で更に沖へ運ばれ、堆積してできた砂嘴さしだろう。

全長26kmもある巨大な砂嘴さしだが、幅が狭い所でわずか10数メートルしかなく、高さも4m程度だ。広くなった所は遠浅の海の潮が引いた後のようにまったく平らに見える。
途中から建物が無くなって視界が広がり、道の両側に海が見えたりする。大きな津波に襲われたらひとたまりもないだろうと思って怖くなった。

遠浅の磯が広がった所にトドワラ,ナラワラのビューポイントがある。子供の頃写真を見たが、その写真には白く立ち枯れた木々の間に幾重にも折り重なって倒れている木が写っていた。それが麦藁むぎわらのように見えたから、てっきり「ワラ」はそこから付いた名前だと思ったが、実は、江戸時代まで原生林が立ち並ぶ原(はら)であって、そこからきた名前だった。その木々も風化が進み、今はほとんど土に帰っている。

半島の先端に近いところに野付半島ネイチャーセンターがある。駐車場にはバスが数台、乗用車やバイクもこんなにと、道中からは想像もできないくらいたくさん停まっていた。

会館の中には野付半島の歴史や植物、動物などの資料が展示されている。そこで興味深かったのは野付半島の形状の変化で、年々後退が進んでいる。学芸員によれば、波の浸食や温暖化による海面上昇も多少影響はあるが、深刻なのは地盤沈下で、毎年15mmのスピードで沈下が進んでいるという。

由来: 野付(半島)
アイヌ語の「ノッケウ(下顎)」に由来する。クジラの下顎になぞらえた、というが、表面を歩いただけでよく想像できたものだ。

10羅臼らうす
目梨めなし郡羅臼町礼文町15:00着998km

先ほどからずっと右手に大きな島が見える。国後くなしり島に違いないとは思いながら確かめてみたくなり、大きなドラッグストアを見つけて車を停めた。買い物を済ませ、外でそれとなく人を探していたら向こうから同年輩の人が急ぐ様子もなく歩いてきた。

尋ねてみるとやはりその通りで、それから彼は慣れた調子でいろいろ話を聞かせてくれた。
羅臼は漁業の町でサケ、イカ、タラ、ホッケなどの水揚げで暮らしている。毎年ロシアと漁業協定を結ぶが、今年はウクライナと戦争を始め、日本とも関係が悪化して協定はまだ結ばれていない。漁船の拿捕は前からあったが、網で魚を捕る以上、協定外の魚が混じることは避けられない。運悪く臨検に遭遇してしまうと拿捕ということになるが、そこはお金でうまく解決してきた。てっきりロシア憎しと思いきや、そんなことがあっても生活ができてきたからこれからもロシアと上手にやっていきたい、と言う。こうした考えにもとづいて鈴木宗男議員がロシアと接してきたが、事件を起こして影響力を失った。今は娘の鈴木貴子衆議院議員が父に代わり同じ活動を続けている。そんな話が30分近く続いた。

由来: 羅臼
諸説あるが、アイヌ語の「ラウシ(低い処・にある・もの)」で羅臼川を指すといわれる。

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知床半島は半島の根元から先端まで羅臼町と斜里町の二つの町で二分されている。知床峠の展望台を超えると斜里町だ。

11知床五湖
斜里郡斜里町岩尾別16:30着1,037km

駐車場に車を停め、料金を払い、矢印に従って駐車場を囲んでいる高い木々の間にある舗道を歩いていく。そこを抜けると視界が広がり、クマ笹に覆われた、起伏にとんだ美しい原野がはるか先まで見える。その中、クマ笹の上を走る木道が曲がりながらずっと伸びている。木道の脇には電気柵が設けてある。熊除けだ。湖を巡るルートは他にもあり、それはクマ笹の中を歩いて行く小道で、時季にもよるようだが熊に対するレクチャーを受けたり有料ガイドに従って行くもので、五胡すべてを巡るのはこちらだ。木道の方はいつでも歩いて行けるが、一湖しか見られない。

時間があまりないので少し急いで歩いた。途中、いくつか展望所があり、近くに小さな池が隠れるように佇んでいる。先端の最後の展望所では、少し離れているが美しい大きな湖が眺められる。
空はすっかり晴れわたり、光に照らされた知床連山の山肌が青空を背に浮かび上がって美しく、また反対側はオホーツク海が夕陽を反射してキラキラ光り、印象的な美しい光景だった。

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17:40PeterBeierShiretoko(カフェスペース/斜里郡斜里町ウトロ)
街並みを見て今晩の宿泊はここにしようと思い、宿探しするためにホテル「北こぶし知床」の一角に建つ小奇麗なカフェに立ち寄った。営業時間を見たら間もなく閉店ということだったが、聞いてみたらどうぞと入れてくれた。とてもお洒落な店で、チョコレートやお菓子がいっぱい並べてある。エスプレッソだけ頂いた。

本日の宿泊

スマホで「しれとこ村」を見つけた。その海沿いの駐車場から山の方へ1kmほど上がっていった所にあり、倉庫といったほうが分かり易いかも知れないが、飾り気のない白い建物がいくつかつながった景観をしていた。部屋数はかなりあると思われるが、案内されたのは和室の部屋だった。食事は食堂で食べるが、私は間に合わず、外食となる。

しれとこ村 (斜里郡斜里町ウトロ中島)
チェックイン料金走行距離
18:206,150円1,053km
今晩の夕食「海鮮料理番屋」  19:20

受付で、歩いて1kmちょっとの所に繁華街がある聞き、地図をもらって出かけた。方向は海の方だが来た道をすぐ右に折れ、先の見えない上り坂を歩いていく。道は広いが周りには民家や灯りがなく、じきに暗くなったなか、一人寂しくひたすら歩いて行った。やがて住宅地にたどり着いたが、それまで一人も現れず、野生の鹿を見ただけだった。話に聞いた繁華街などなく、食事処も点々とあったものの営業している店はなお少なかった。一周歩いて回り、きた道の途中にあったこの店に入った。

三色海鮮丼にした。実は、ウトロの町の入口まできた時に、海沿いに三色海鮮丼のノボリが並んだ店を見つけて入ったことがあった。残念ながら、今は予約の客で満席だからその後で良ければと言われ、諦めた経緯があった。

[斜里郡斜里町ウトロ香川]

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