斜里町ウトロ~網走ルート
昨日に続き、今日も快晴。7:20に「しれとこ村」を出発。
海沿いの幹線道路のすぐ脇にある。海の反対側は山の崖がすぐそこまで迫ってきていて、駐車場から階段が付いているが、上がらなくても滝の水の落ちるところは見える。
北海道ならではの光景。平坦なところでは分かりにくいが、こうして少し高い所から眺めると真直ぐどこまでも続いているのがよくわかる。写真で見れば天に登って行くような錯覚を受ける。
[1,082km:斜里郡斜里町峰浜]
斜里町の街中のコンビニに入って宿に財布を置き忘れてきたことが分かり、急いで引き返す。財布は無事みつかったが、約80km、時間にして1時間半ほどムダにした。
| 12 | 摩周湖 | ||
|---|---|---|---|
| 川上郡弟子屈町(第1駐車場) | 11:15着 | 1,236km | |
いつも霧がかかることで有名な摩周湖。今日は霧もなく晴れ上がって隅々まではっきり見える。
由来: 摩周湖
アイヌ語では「キンタン・カムイ・トー(山の・神の・湖)という。これとは別に、日本の古い記録の中に「マ(およぐ)・シュウ(鍋)・トー(湖)」と書かれたものがあり、これが元になったのではないかという説がある。はっきりしない。
| 13 | 硫黄山 | ||
|---|---|---|---|
| 川上郡弟子屈町川湯温泉(レストハウス) | 12:10着 | 1,252km | |
林に囲まれた(比較的)平坦な道を走り、左に折れるとすぐ視界が開け、その先に目指す山が見える。それほど高くない山が3つ、4つ連なり、麓から白っぽい小石まじりの砂地が広がる。山の麓も木が枯れ、白く禿げ上がって煙が噴き出ている。火山特有の硫黄の刺激のある匂いだ。
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映画に影響されて(中は見ていないが)、網走は海に近く、建物が少なく、寒く殺伐としたところと勝手に想像していたが、摩周湖(屈斜路湖)から網走に向かって実際に走ってみると、随分手前から農地が広がり、町に入れば新しい建物がたくさん立ち並び、交通量も多い活気ある町で、決して消えていくような町ではないと考えを改めた。
由来: 網走
アイヌ語の「アパ(入口)・シリ(土地)」つまり、海の玄関口が由来となったといわれる。諸説ある
| 14 | 博物館網走監獄 | ||
|---|---|---|---|
| 網走市呼人1-1 | 14:15着 | 1,321km | |
現在は博物館になっているが、1890年(明治23年)に釧路集治監の分監として網走に集治監が置かれ、翌年に正式に網走集治監が置かれた。「集治監」とは、そのころ囚人を拘禁していた刑事施設のことで、明治36年行以降「監獄」と呼ばれるようになった。現在は法制度の変更により刑務所等の名称に変わっている。
集治監の囚人には労働が課せられた。この辺鄙なところに集治監を置いたのは開拓の他にもう一つ、当時急速に浮かび上がってきたロシアの脅威に対抗すべく内陸と道東とを結ぶ道路を整備することが目的だった。この工事は非常に急がれ、そのため過酷な労働が強いられ多くの囚人のみならず看守までもが犠牲になった。
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駐車場で今日の宿を予約し、約1時間半の滞在で次の目的地に向かった。
| 15 | オホーツク流氷館 | ||
|---|---|---|---|
| 網走市字天都山244-3 | 15:50着 | 1,323km | |
管内でぶらぶらしてたら「説明しましょうか...」と若くて元気な女の係員が寄って来て、あちこち展示してある資料の説明をしてくれた。流氷体験室では、冬の極寒の網走の気温が再現され、湿ったタオルを振り回して凍るのを試してみた。水槽の前ではクリオネの泳ぐのを見た。「可愛いでしょう。でもご飯食べるところはすごいんですよ!」そう言ってビデオの前につれて行き、ビデオを見せてくれた。いつものようにふわふわ漂っているクリオネが獲物に近づいたと思ったら、突然頭が大きく裂け、一瞬のうちにそれを飲み込んでしまった。妖精の姿に隠れた怪物を見たようだ。
言葉については、北海道にきて今まで違和感を感じたことはなかったが、この女性にはおかしな訛があり、そう話したら「沖縄(たぶん)ですが、やっぱり違いますか?」と笑っていた。
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| ドーミーイン網走 (網走市南2条西3丁目) | ||
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| チェックイン | 料金 | 走行距離 |
| 17:10 | 8,840 | 1,328km |
この旅行で初の洗濯をした。洗濯機は無料、乾燥機が200円で利用できたのは良心的。
フロントでもらった地図を見て幹線通りを横切って昔からの商店街を歩き、いい匂いに誘われて焼肉店に入った。久しぶりに網焼きの焼肉を食べた。