中国地方・小京都ツアー

5月18日(水) 山口県

萩市内

8:00快晴。車をホテルに置かせてもらい、"るるぶ"を見ながら歩いて回ることにした。これが失敗だった。

最初の目的地は松蔭神社・松下村塾。30分歩いても分からず、途中、通りがかった東萩駅横の貸自転車店で自転車を借り、地図もいただいて9時頃ようやく到着。

松蔭神社
松蔭神社

お参りした。朝日が眩しかった。


松下村塾

塾やほかの建物は思っていたよりずっと小さい。ここに後に偉人となる多くの人が訪れ、松陰先生の話を聞いていたんだ。

着いた時は、まだ人は少なかったが、帰る頃には観光客や修学旅行?の小学校生らがたくさん訪れてきて賑やかになっていた。

貸自転車店で2時間で大雑把に回れるコースを地図に書き入れてもらっていたので、その古い街並みに向かった。

円政寺(高杉晋作、伊藤博文勉学の寺)、木戸孝充誕生の地

ここでも小学校の低学年の集団がキャンバスを抱え、先生について賑やかに歩いていた。木戸孝充旧宅などを一通り眺め、約束の10時が近づいてきたので自転車店に引き返し、タクシーでホテルに戻った。疲れた。

10:40車に乗り換え、町の反対側にある萩城跡に向かった。

萩城址
萩城址

城郭は明治の初頭に取り壊され、今は石垣が残っているだけ。

駐車場横の土産店に取り壊される前に撮影した当時の写真が掛けてあった。年代的な、優雅な美しい城だった。

棚にずらっと焼き物が並んでいた。萩焼は1600年頃、藩主毛利輝元によって始められ、ざっくりした土の風合と釉薬を使わず焼いた灰かぶりの模様や、淡い色の釉薬をかけて貫入仕上げの茶器や椀などが評判になった。そして、庶民が使うものとして、高台に3か所ほど切り込みを入れる「切り高台」が現代まで引き継がれ、萩焼の特徴になっている。そんな「ぐい飲み」を1つ購入した。

◆◆◆

島根県津和野の街へ向かう。

12:00途中、道の駅ハピネスふくえに寄り、かけ蕎麦を食べる。たまたま、壁に貼ってあった世界遺産「大板山たたら製鉄遺跡」を見てお店の人に聞いてみたら、そんなに時間がかからないことが分り、寄ってみることにした。

大板山たたら製鉄跡(萩市大字紫福しぶき

たたら製鉄跡は山の中にあった。舗装道から折れる所には1メートル四方の目立たない看板が1つ立てかけてあるだけで、何回かその前を通り過ぎ、4回目にようやく見つけた次第。高い所にある案内標識ではないので、注意が必要!

道沿い畑のを数分走ると山に差し掛かる。そこからは人の気配がしない細い一本道になる。5分ほどで到着。意外にも駐車場に何台か車が停まっていて、その脇の小屋の中に人がいた。

それは資料館だった。中に入るとボランティアのおばさん達が、待ち構えていたように説明を始めた。それからパームトップPCを外へ持ち出して「ここを押して、こう向けると、建物が見えるでしょ」と説明してくれたが、時々、エッ? とか アレ? とか、まだ慣れていないようだった。

たたら製鉄跡

たたら製鉄は、簡単に言うと、炉に砂鉄と木炭を入れ、"ふいご"で火を焚いて鉄を造る製法のこと。1000年以上前から各地で行なわれていたが、ここは江戸時代後期のもの。島根県で産出された良質の砂鉄を船で浜田まで運び、陸路ここまで運ぶ。主に、船用の鉄釘を造っていたそうだ。何でわざわざこんな山奥まで運んだかというと、大量の木炭が必要だったので、木の豊富なこの山の中で作業する方が楽だったからだ。当然、木材が枯渇するので、その時は場所を移し、そちらで木が無くなるとまた戻ってきたという。大体50年ごとに移転を繰り返していたそうだ。

5月18日(水) 島根県

たたら製鉄跡から津和野へは途中、普段だったら走らない険しい山道を通ることになった。やがて、山間に津和野の街並みが見えた時はほっとした。

津和野(島根県鹿足郡)

14:20津和野に到着。

津和野の街の入口で
津和野城跡

津和野城跡は高い山の上あり、ロープウェイを使って上る。登山道はない。しかも、上の駅から天守閣跡まで尾根伝いの細い道を登ったり下ったりして10分ほど歩かなければならない。道は荒れ、所々に応急の通路が設けてあった。

津和野城は吉見頼行が1295年に築城し、明治4年に取り壊されて現在は石垣だけになっている。当時は三本松城と呼ばれていた。

津和城跡から眺める津和野の街並み

見渡す風景はすばらしい。
典型的な山城だ。このお侍達は本当にご苦労なことだ。もっとも、この城はいざという時にしか使わなかったらしい。

太皷谷稲成神社たいこだにいなりじんじゃ

津和野城跡のロープウェイを降りて少し行ったところに太皷谷稲成神社がある。1773年に津和野藩7代藩主亀井矩貞によって創建された郷社で、中国地方有数、日本五大稲荷と言われている。割にゆったりした敷地に色鮮やかで立派な社殿が並んでいた。

太皷谷稲成神社
津和野の街並み

武家屋敷は、石を新しく敷き詰めて整備した「殿町通り」の両側に並んでいる。普通、武家屋敷の通りというともう少し細い道が浮かぶが、ここの通りは広々している。
喫茶店で一休み。マスターの話では、森鴎外旧宅、マリア聖堂、永明寺などを見て回るといいらしい。以前は葛飾北斎美術館もあったが、今は閉館状態だとか。時計をみながら、なんとなくパスしてしまった。

殿町通り

◆◆◆

17:15今日は朝から萩の街を歩き回り、たたら製鉄跡に寄り、津和野では津和野城跡と津和野の街並みを歩き回り、本当に疲れた。これで一応、今回の旅行の予定地をぜんぶ訪れた。帰ることにする。

NAVIに自宅をセット。今晩の宿はまだ探してない。どこか、途中によい所があれば利用することとして、取りあえず走りだす。

だんだんと暗くなり照明の明かりが目立ちはじめたころ、中国自動車道・六日市IC付近まできていた。ICに入ろうかという時に、前を横切る高速道の向こう側に明るく輝く「むいかいち温泉ゆらら」の看板が目に入り、予定を変更し、お風呂に入って一息入れことにした。
カウンターで620円払い、「初めてです」と言って利用方法を説明してもらう。シャンプーやドライヤーなどすべてそろっていて、あとタオルがあれば十分。大浴槽が2つに露天風呂が1つ。露天の方で夕暮れから夜空に変わっていくのをぼんやり眺め、疲れをとる。

HOME
Copyright© 2017- アンビレの日々