九州一周の旅

2日目(5月8日火曜)

7:40昨日の雨がまだ続いている。最初の目的地をナビにセットして、さあ、と気合を入れてホテルを出発。

大分県

大2中津城
大分県中津市二ノ丁9:40着787km

雨がパラパラ降って肌寒く、そのせいか城内は少し暗く、人もまばら。

中津城

お掘の水は城の近くを流れる中津川の水を取りこんでいる。そして海が近いため、干満の影響をうけて堀の水位も上下するようだ。
この掘の中には、600年も続く中津祇園祭りの山車だしの木の車輪が痛まないように埋められている。

10:20城から東の方へ20分ぐらい歩いて福沢諭吉の旧居を訪れた。

福沢諭吉旧居
大3青の洞門・耶馬渓
大分県中津市本耶馬渓町曽木11:20着802km

少し手前のコンビニで弁当を仕入れて昼前に到着。信号の先が目的の青の洞門

右は川、正面には巨大な岩盤がそびえる競秀峰。そこに細いトンネルが開けられている。

青の洞門

1735年に諸国を巡礼していた禅海和尚ぜんかいおしょうがこの地を訪れたとき、人々がこの山を苦労して越えるのを見て、また多くの人が命を落したという話を聞いて一念発起、自らノミと槌を持って岩盤に向い、およそ30年かけて144mのトンネルを掘った。青の洞門は、この辺りが青地区であるところからそう呼ばれる。

車が通るのは、もちろん後で整備された道だが、当時の道も少し保存されている。

当時の洞門

車道の下を斜めに横切るように伸びるトンネル。壁にはノミの跡が残っている。所々に明かりを取り入れるためか、横穴が開けられている。

耶馬渓(競秀峰きょうしゅうほう

反対側から同門のあるあたりを見る。

この辺りは青地区と呼ばれる。

大3羅漢寺
大分県中津市本耶馬渓町跡田12:10着805km

青の洞門から車で数分。

羅漢寺の歴史は古い。この寺の伝によると、印度より渡来した法道ほうどう仙人が兵庫県を中心に多くの寺を建立した後、645年にこの地を訪れ、その景観の素晴らしさが気に入り羅漢寺を建立した。

羅漢寺入口、曼荼羅石

駐車場から階段を上がり、少し行くと石畳の中に変わった形の石がはめ込まれている。
案内板には、これは曼荼羅石といい、ここから先は聖域で写真撮影は禁止、昔殿様も馬を下りて歩いて行かれたと書かれている。

山門

参道は石が敷き詰められている。階段もあるが、大部分は傾斜なりに斜めに石を並べている。濡れた石は滑りやすいので用心して歩いたつもりだったが、案の定、ツルっと滑ってもう少しで転びそうになった。まだ先は長そうだし、迷った末、そこで引き返すことにした。

大4宇佐神宮
大分県宇佐市南宇佐13:20着835km

大きな駐車場に入った時から宇佐神宮が広大で、また多くの参拝者を集めていることが想像される。

宇佐神宮は、全国に4万4千あるとも言われる八幡宮の総本社だ。歴史は古く、725年に八幡大神(応神天皇のこと)を祀る一之殿が建立され、その後729年に比売大神を祀る二之殿、823年に神功皇后を祀る三之殿が建立されて現在の形がになったという。その他、敷地内には春日神社をはじめ多くの摂末社が置かれている。

機関車

広い道を行き、右に折れて少し行くと左手になぜか機関車が。説明によると、この機関車は明治27年に九州鉄道(国鉄の前進)が明治27年にドイツから輸入したたものを昭和27年に大分交通が譲り受け、宇佐参宮線で走らせていたものだそうだ。

機関車を通り過ぎ、突き当たりを右折してしばらく行くと大きな鳥居が見えてくる。実は、大変な回り道をしているのだが ...

大鳥居、参集殿と初澤池
神仏習合?
本殿(上宮)

かなり歩いてようやく本殿(国宝)に到着。
参拝場所が三か所ある。左から八幡大神(一之御殿)、比売大神ひめおおかみ(二之御殿)、神功皇后(三之御殿)をお祀りしている。
お参りの作法は、左から中、右の順に、出雲大社と同じ二拝・四拍子・一拝である。

八幡神宮と言いながら比売大神の脇に祀られているのは、実は、比売大神が卑弥呼のことである~定かではない?~という説にもとづいて、卑弥呼を大事にしているからだという。

大5杵築城下町
大分県杵築市南台15:20着869km

相変わらず雨が降っている。風も少し吹き、さすがにこういう天気では街の中をゆっくり歩く気分にはなれない。そうは言ってもしかたなく、傘をさして歩き出す。

杵築城は守江湾に突き出た台地の先端にあり、その根元辺りの北台と呼ばれる高台と、町家が並ぶ谷をはさんで南台と呼ばれる高台に武家屋敷群がある。その城は、鎌倉幕府の命を受けて木付荘に移った大友親重(これを機に木付姓に改名)の4代頼直が1394年に別の地にあった城を現在の地に移築したものだ。

街並み
武家屋敷 中根邸

三河国中根村出身の長兵衛末治が杵築藩で目覚ましい働きをし、殿様からこの南台入り口に屋敷をいただいたという。

この屋敷は、中根家九代家老中根源右衛門が隠居宅として1862年に建築したものと伝えられる。

移築された一松邸ひとつまつ

一松定吉氏は、今の豊後高田市に生まれ、一松家に養子として入る。大学を卒業して長く法曹界に身をおき、1928年に大阪から政界へ転身。第一次吉田内閣においては国務大臣を勤め、以降諸大臣を歴任した。1958年に杵築市の初代名誉市民となった。

この屋敷は1927年から2年の歳月をかけて建築されたもので、1957年に杵築市に寄贈された。以降、「一松会館」として市民の憩いの場となっていたが、平成12年年に守江湾が一望できるこの高台に移築された。

北台を望む
大6鉄輪かんなわ 温泉
大分県大分市荷場町17:00895km

別府には木賃宿があることを以前テレビ見ていて、今回、是非泊まってみようと思っていた。宇佐神宮で調べておいた陽光荘に電話して予約した。

到着したのは午後5時、もうすぐ日が暮れようとする頃。

本日の宿泊
陽光荘 (大分県別府市井田3組)
チェックイン料金走行距離
17:004,000円895km

ここでは貸間旅館と言っている。食材を持ち込んで自分で料理する湯治宿である。電話で予約の時に大体の話を聞き、途中、スーパーに寄って食材を買い込んできた。地獄蒸しという温泉の蒸気を利用して調理をする。

調理場

調理場は中庭で。
ずらっと蒸気が噴き出すかまどが並んでいる。調理は食材をカゴにのせて蒸気があふれる穴に入れ、蓋をして待つだけ。

蒸し時間は宿の主人に一つずつ食材を見せて教えていただいた。ニンジン5分、ほうれん草2分、魚10分、卵6分~、ごはん50分~といった具合だ。

買った食材はどれも2~3人分あって、どうせ余るのだから半分あげましょうと言ったら、代りにと卵を頂いた。ご飯は、ちょっと手抜きしてチンするやつ...

♪ できました。

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